【御供所周辺エリア】

1. 大楠様【おおくすさま】
日中友好の先駆者であった貿易商人・謝国明(しゃこくめい)の墓を包み込むように大きくなった楠。毎年8月21日には「大楠様千灯明祭」が行われている。
2. 十日恵比須神社【とおかえびすじんじゃ】
「えびす様」こと事代主大神と「だいこく様」こと大国主大神を祀っている。1月8日から11日までの「十日えびす」は商売繁昌、家内安全などを願う人々で大賑わいとなる。
3. 祥勝院【しょうしょういん】
毎年12月に人形供養を行う寺。想い出の詰まった数多くの人形が持ち込まれている。
4. 松原水(井戸)【まつばらみず】
千代松原一帯の井戸水は松原水と呼ばれ、荷車を引いた水売りは博多の風物詩であった。千代東公園内には井戸跡が残っている。
5.崇福禅寺【そうふくぜんじ】
1240年、大宰府の横岳に湛慧禅師(たんねぜんし)により創建(大應国師開山)。1601年、黒田長政によって現在の場所に再建。山門は、かつて福岡城の本丸表御門であったものを移築している。山門をくぐると左手に朝日地蔵があり、県内外の信者で賑わっている。※寺内は拝観不可。
6. 西光寺・一朝軒【さいこうじ・いっちょうけん】
筑前における最初の虚無僧寺。普化尺八(法竹)を伝承している。
7. 葛城地蔵【かつらぎじぞう】
延喜年中に地中より発見された梵字の彫刻がある石を祀ったもの。家内安全、商売繁盛などのご利益があるとされている。
8. 濡衣塚【ぬれぎぬづか】
継母による「釣り衣を盗んだ」という噂のせいで父親に殺されたという娘を供養する墓。「濡れ衣を着せられる」の語源でもある。
9. 博多古図【はかたこず】
江戸時代の博多祇園山笠・追い山の順路が朱で書かれた貴重な古地図や、住吉神社へ奉納された絵馬に描かれた博多古図など博多の歴史を感じられる資料が歩道に展示されている。

【博多駅周辺エリア】

10. 人参畑塾(興志塾)跡【にんじんばたけじゅく(こうしじゅく)あと】
福岡藩の時代に人参畑であったとされる場所で、女性儒学者・高場乱(たか ばおさむ)が開いた塾跡。玄洋社の頭山満(とうやまみつる)や平岡浩太郎などを輩出した。塾の様子は夢野久作の作品にも登場している。
11. 東林寺【とうりんじ】
1696年、三代福岡藩主・黒田光之の宰臣・立花実山(たちばなじつざん)が本寺を建立。実山は、千利休の秘伝書を世に伝えた人物。
12. 龍宮寺【りゅうぐうじ】
人魚伝説で有名な寺。漁師の網に人魚が掛かりこの寺に埋葬したという伝説から、龍宮寺と名付けられたという。
13. 萬行寺【まんぎょうじ】
1529年に建立された浄土真宗の寺。明治期の住職、七里恒順(しちりこうじゅん)は「法を聞くなら博多の萬行寺」とまで言われた名僧。
14. 下照姫神社【したてるひめじんじゃ】
住吉神社の摂社という由緒ある神社。縁結びの神として、古来より博多の人々に敬恭されている。

【中洲川端周辺エリア】

15. 清流公園(博多町家寄進高灯籠)【せいりゅうこうえん はかたまちやきしんたかとうろう】
高さ約10mの石灯籠は、博多の漬物商・八尋利兵衛が遊園地「向島」を建設した際に開園を記念したもので、戦後に公園南端に移設された。石垣の内140面に社名広告が彫り込まれ、博多随一の広告塔であった。
16. 川端飢人地蔵尊【かわばたうえにんじぞうそん】
1732年に起こった全国的な大飢饉。博多のまちでも約6000人ともいわれる犠牲者を出し、この死者の霊を弔うために地蔵尊が祀られた。毎年8月23日~24日の「川端飢人地蔵尊夏大祭」で施餓鬼供養が行われる。
17. 博多小学校石塁遺構展示室【はかたしょうがっこうせきるいいこうてんじしつ】
1274年文永の役の後、次なる襲来に備えて築かれた防塁の可能性が高いとされる遺構を毎週土・日曜10〜17時に公開。
18. 綱敷天満宮【つなしきてんまんぐう】
菅原道真が京を追われ、袖の湊に上陸した際、漁人が舟の綱を輪にして敷物を作って出迎えたとされる。
19. 豊国神社【ほうこくじんじゃ】
豊国神社は豊臣秀吉(豊国大明神)を祀る神社で、日本各地の秀吉に縁のある地に鎮座する。博多は1887年創建。秀吉に「筑紫ノ坊主」と呼ばれ寵愛された博多の豪商神屋宗湛(かみやそうたん)が、秀吉の死後、屋敷内に祠を建て謝意を表したといわれている。
20. 渡唐口【ととうぐち】
唐の国へ渡る船の発着場所の跡地。遣唐使によって、朝鮮半島や中国大陸との行き来が盛んになり、貿易の拠点に。
21. 原田種夫文学碑【はらだたねおぶんがくひ】
「風塵」で芥川賞予選候補、「家系」で直木賞候補になるなど、詩人・小説家として活躍した福岡県出身の原田種夫の文学碑。
22. 沖濱稲荷神社・川上音二郎生誕碑【おきはまいなりじんじゃ・かわかみおとじろうせいたんひ】
弘法大師が唐から帰国した際に疲れをとったとの言い伝えがある神社。境内には新劇の祖、川上音二郎の生誕記念碑がある。
23. 七代目市川團十郎 博多来演之碑【しちだいめいちかわだんじゅうろう はかたらいえんのひ】
江戸の人気役者であった七代目市川團十郎が九州に来たのは1834年のこと。 團十郎の博多来演140周年を迎えた1973年には、十代目市川海老蔵(十二代目市川團十郎)が碑銘を揮毫した「七代目市川團十郎博多来演之碑」が中島公園に建てられた。※「福岡市史だより17号」参考